しがらみのない政治

2011年02月12日 (土)

政権交代その先へ

 

●現在テレビ等マスコミで連日取りざたされているエジプトの大規模デモ。

現政権への退陣を求めるものである事は既にみなさんご承知の通りである。

凄い凄いとテレビを眺めながらも何やらフィクション映像の様。

この手の映像が連日垂れ流されていてお茶の間で手軽に情報として目に耳に飛び込んでくる、つまり慣らされてしまっているのも大きい。

●さて日本。

現在の日本ではこの様な大規模デモはおきていない。

というのはそれに関わりの無い人たちが知らないだけ。

テレビ・新聞等マスコミに取り上げられないと知り得ないのが現状の日本、こんなに国土の狭い日本であってもだ。

実際には大規模なデモや暴動は起きている。

ゼロではない。

しかし法治国家日本としてその機能がいかんなく発揮されている事と、国民性や民度といったものがある一定の秩序を好むからだろうか、知ったところで他人事の様に感じてしまうのだろうか、人の目には冷ややかに映る。

●戦う

日本人は真剣に戦わなくてはならない時期にきていると私は思う。

デモや暴動・戦争ではない。

その戦いとは皆さまの持つ「武器」、「一票」を右手に振りかざし選挙に臨む事。

武力革命ではなく合法的な行動の下、真剣に戦っていかなければならない時期にきています。

極限まで至っている政治不信。2009年の総選挙だけでなくもう一歩その先へ踏み出さなくてはならないと思う。

そういった今だからこそ「みんなの党」は必要な存在・必要な選択肢であると確信しています。

●さて国会。

魑魅魍魎が跳梁跋扈する場所、と揶揄されています。

しかしこの閉塞感漂う現在の日本、国会はもうその様に例えられて良い時代ではありません。

議員が権力闘争に明け暮れること、本当に一般の皆様の生活に何の役にもたちません。

私は地方議員を目指して活動しておりますが、国政を支える立場でもある、との認識もあります。

私は独自の理念で突き進んでいるみんなの党を「改革保守政党」としてとらえ私の眼には本当に耀いて映り、そしてみんなの党を支えていければと思っています。

●さて横浜市議会。

横浜市議会のなかの会派内訳は国会と酷似しています。

既存の三政党で75%もの議席を占めています。

政令市ゆえの産物であり、一般市では違います。

ここに一般市議会と政令市議会のチェック機能の差が生じてくると私は考えます。

会派は数で構成され、議会は数の論理で動いています。

数=力

この力(数)を少しでも分散させなくてはチェック機能はおざなりになります。

 

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